デモが終わった後、担当の看護師が小声で言いました。「これ、うちの病棟に絶対必要です。先生にも話してみます」。
田中さんは手応えを感じながら病院をあとにしました。現場の反応は完璧でした。機能も刺さりました。使いやすさも伝わりました。あとは稟議が通るだけです。
3週間後、師長から返信が来ました。「検討しましたが、今年度の予算が厳しくて。また来年度にご連絡します」。
また、来年度。田中さんはその言葉を何度聞いただろうと思いました。
これ、営業の問題じゃないんです
「現場には刺さるのに、決裁者に刺さらない」。医療DXのベンダー・メーカーから、最もよく聞こえてくる悩みのひとつです。
多くの場合、これは営業力の問題として片付けられます。「もっと上にアプローチしろ」「ROIを数字で示せ」「事務長を巻き込め」。でも、そのアドバイス通りに動いても、なぜかうまくいかない。
理由は、問題の本質が別の場所にあるからです。
決裁者が「買わない」本当の理由
師長や事務長が稟議を止める理由は、予算でも優先順位でもないことが多いです。
① 「導入後に何が変わるか」が見えていない
現場の看護師は「これがあれば楽になる」と直感的にわかります。でも師長・事務長は違う視点で見ています。「入れたとして、本当に現場が変わるのか」「3ヶ月後、ちゃんと使われているのか」。
この問いに答えられないベンダーが多いです。機能の説明はできます。デモもできます。でも「導入後の現場がどう変わるか」を具体的に描けない。だから決裁者は動けません。
② 「また定着しないんじゃないか」という経験則がある
師長・事務長はベテランです。過去に何度も「入れたけど使われなかった」という経験をしています。電子カルテ、シフト管理アプリ、eラーニング。導入のたびに現場が混乱して、半年後には元通りになった記憶があります。
だから新しいツールの提案を聞いても、「どうせまた同じことになる」という経験則が働きます。これは合理的な判断です。責めても意味がありません。
③ 「定着させる自信」がない
導入後の運用を誰が担うか、決裁者には見えていません。ベンダーは導入まではサポートしてくれます。でもその後は?スタッフへの浸透は誰がやるのか。トラブルが起きたときは?
「入れたあとが不安」という気持ちが、稟議を止めているケースは想像以上に多いです。
「仮の定着」を知っているかどうかで、提案が変わる
仮の定着とは、ツールが現場で一応使われてはいるものの、紙運用の併用や個人の工夫で「なんとか回っている」状態のことです。業務が止まっていないから問題として認識されにくい。でも本来の効果は得られておらず、現場負荷は密かに増え続けています。
日本の中小病院の多くは今、この状態に止まっています。
この概念を知っているベンダーと知らないベンダーでは、提案の中身がまったく変わります。
知らないベンダーは「機能」を売ります。「このツールでできること」を説明します。でも決裁者が聞きたいのはそこではありません。
知っているベンダーは「定着」を売れます。「このツールが現場に根付くまでの道筋」を示せます。「仮の定着で止まらないための支援」を提案できます。これが、決裁者の「また同じことになるんじゃないか」という不安に、正面から答える唯一の方法です。
現場に刺さっているなら、あと一歩です
現場の看護師が「これ欲しい」と言ってくれています。それは本物の手応えです。あとに必要なのは、決裁者の言語で話すことです。
「何ができるか」ではなく「導入後に何が変わるか」。「機能の優位性」ではなく「定着までの道筋」。この視点を提案に加えるだけで、師長・事務長の反応は変わってくるのではないでしょうか。
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